「紺屋の白袴」的状況を別としても、この雨漏り修理をした家の設計には時間がかかった。


これは自邸だからとくに凝ったということではない。


細部の納まりなどは、自分の家だからこそかえって気楽に処理しています。


それでも時間がかかったのは、条件で外形が厳しく制約されているからだ。


私は通常、部分を寄せ集め、その集まりを調整しているうちに、全体の形が整ってくるような手法で設計を進めるのだが、この家の場合は、決まった外枠の中を「いかに仕切るか」を考えるしかない。


もっともこれは難しいクイズを解くようなもので、しかも妻の催促をやり過ごしさえすれば締切は厳しくないから、あれこれとスケッチを繰り返すのを楽しんだことも確かです。


私は、へミングウェイの言葉を引きつつ、住まいを時間の海に浮かぶ船にたとえたが、実は私の家はそうした比喩に加えて、細長い形態も船を思わせることが、ひそかに気に入っているのだ。

結婚し、すぐに長男が生まれると、そのゲスト・ルームも手狭となり、いよいよ自邸を雨漏り修理や設計しなければならなくなった。


この頃はすでに自分の事務所を開いていて、どうしてもひと様からいただくお仕事が優先するので、妻にせきたてられながらもかなりグズグズ設計していて、竣工したのは主屋に遅れること7年だった。


それまでに危なっかしい伝い歩きを始めていた長男は、私が大切にしていたキャンティの首長の超特大瓶を倒して割った。


これは今でも惜しくて、成長した息子をからかう種にしているが、家があまりにも狭かったせいでもあるし、同じ理由で本人も窓辺から転落して前歯を折るという被害を蒙っているから、ま、仕方ないか。

雨漏り修理をした旧屋を取り壊して建て直すことになり、当時まだ大学院でのんびり過ごしていた私が設計をすることになりました。


これはコンクリート造三階建てで、一階に親が、二階三階には二人の弟の家族が住む家です。


竣工したのは1969年だが、当時はまだ「二世帯住宅」が話題になる前であり、まして三世帯住宅は珍しかったせいか、いくつかの雑誌に取り上げられ、建築家としての私に幸運なデビューの機会を与えてくれた。


竣工後しばらくは、この三世帯住宅の一部が私の寝ぐらになっていました。


この部分は今は亡き父が、輸出入業を営んで外国人との交際も広かった関係で、夫婦の客を泊めることを予定していたゲスト・ルームで、バスルームとキチネットが付属し、ホテルのセミ・スイートのような造りだったから、独り者にはなかなか快適であったし、長男ではあるが、大学院生の身としては当分結婚するつもりもなかった当時の私は、自分が住む家はいずれ家庭を持ったときに別棟としてゆっくり設計するつもりで、その楽しみをとっておいたのです。

庭の東南には私が幼少の頃から親しんだ椎の巨木があります。


その位置をよけるだけでなく、根を傷めないだけの距離を取るとなると東西の幅も制限される。


もちろん一部の根は切るわけだが、それがどのくらいまでなら大丈夫か?ということについては、今は亡き辰ちゃんという出入りの植木職人と慎重に相談したものです。


かつてこの敷地には木造二階建ての雨漏り修理をした住宅があり、そこで私と二人の弟が育った。


これは両親が、1950年代の初めの、まだ資材が不足し建築面積にも法的制限があった頃、苦労してこぢんまりと建て、子供の成長と共に建て増しや改築を繰り返した建物なので、一番先に結婚した上の弟が家を出る時期にはかなり老朽化していました。



自分の家についてはこれまでにも断片的には書いてきたが、「実践」という書名に応じつつ、ここであらためてその全体像を、建築論としてではなく中に展開されている暮らしとの関わりにおいて紹介してみようと思います。


この雨漏り修理をした家は非常に細長い。


それは親の敷地の隅に、庭の広がりを侵さないようにひっそりと建っているからだ。


親の住む主屋は敷地の北に寄せて、つまり南の庭をなるべく広く残すような常識的な配置になっています。


その庭を侵さないためには、東側の道路沿いに細長く南へ突き出すような配置しかなかった。

雨漏り修理をした集合住宅のような密閉された空間では、爆発の圧力はより大きなものになることがあります。


ガスもれに気づいたら、窓や戸を開放します。


この場合、換気扇は絶対に使ってはいけません。


スイッチを入れたときにスパークして、爆発の危険があるからです。


ガスの元栓をしめ、近くに火のけがあったらすぐ消し、ガス会社に連絡します。


大きな地震があったときは、すぐ玄関のドアをあけます。


揺れがひどくなると、建物がゆがんで、ドアがあかなくなることがあります。


日本人は一戸建て志向が強いようですが、住み方のルールさえ知っていれば、集合住宅のほうが気楽な場合が多いでしょう。


同じ建物内の人たちが建物を共有し、環境を快適に保とう、という共通の認識や覚悟があればいいのです。


そのためには、管理組合の会合などに積極的に参加し、役員を引き受けて、環境づくりに貢献してみるのもよいことです。

ベランダの手すり、窓枠やサッシも勝手になおしてはいけません。


老朽化して、雨がしみこむなどのトラブルが生じたら、まず管理人か管理組合に相談し、許可を得てから修理をします。


流しやトイレがつまった場合、かならずしも雨漏り修理をしたりした家が原因とはかぎりません。


排水管は最上階から下まで通っているからです。


管理人に連絡し、上の階の人にしばらく水を流すのをひかえてもらい、掃除の専門業者にまかせます。


シンクの排水管を針金でつついたり、というのは禁物です。


配水管が破れて、下の階へ漏水することもあります。

雨漏り修理をしたりした、集合住宅では、一般的にベランダは専用使用権のある共用部分です。


つまり、私用してもよいが、私有物ではないのです。


自分のもちものと勘ちがいして、ベランダを改造したり、物置きなどをつくるのはルール違反なのです。


また、手軽な収納庫がわりにビールケースをおいたり、灯油タンクや季節外の電気製晶をおいたり、あるいはプランターなどを飾ったりする家庭も少なくありませんが、げんみつにいえば、これらもダメ。


災害時に障害物となるものは、おいてはいけないのです。

マンションの全面的なリフォームや雨漏り修理は、一戸建てと比べると意外と少ない費用でできます。


屋根や壁、基礎部分などに、お金がかからないからです。


いわゆる専有部分の中での模様替えになるので安くあがるのです。


お金がかかるとすれば、設備関係です。


この全面リフォームでは、システムキッチン、収納スペース、洋間に重点をおいて、後は部屋の内装を全面的に行なった。


それでも500万円程度でできるのだから、割安な見積もりになっています。

風呂は体を清潔にするだけでなく、体を休め、疲れを癒すストレス解消の場でもあります。


浴室が汚れていたのでは、リフレッシュできない。


雨漏りも同じ。これに関しては、雨漏り修理が必要です。


だが、風呂のユニットを替えるとお金がかかりすぎるという場合は、とりあえず汚くなった壁や天井、床をタイルできれいにリフォームすれば、それだけで気分も良くなり、新しい浴室になった気分になります。


ユニットバスは、それだけで100万円以上するが、このようなタイルの貼り替えだけでも気分が一新できます。


見積もりを見てもわかるように、56万円できれいになるのだから、水回りの工事にしては割安です。


だが、風呂釜がもうそろそろ寿命だとか、ワンタッチで沸かせる風呂にしたいという場合には、このような工事をするよりは、費用はかかるがユニットバスにしたほうがいいでしょう。


ここで取り上げたのは、風呂釜はそのままにして、あまりお金を使わないで風呂場をリフレッシュするという例です。